ゆうゆうの登山紀行

一志・美杉の山

 

 

山の名前
初登頂
及び最終登頂
回数
コメント
矢頭山 (やずさん)
730.8m  
平成12年11月12日
1回
津・久居近辺からは、どこからでもよく見える山ですが、あまり知られていないようです。しかし登ったら、その山容は二度と忘れません。頂上手前の急登は、木の枝や根をつかんでのアプローチとなります。
髯山 (ひげやま)
687.7m  
平成12年11月19日
1回
松阪の山の西側。矢頭山からも南に奥まっていますが、伊勢湾の方から比較的よく見える山です。コースの半分が自動車も通える道で、後の半分も植林のコースなので、面白みにかけますが、頂上では松阪の山が普段の逆から見えます。
伊勢山上
(いせさんじょう)

380m
平成12年11月19日
平成25年5月12日
2回
伊勢山上とは山名というよりも、修験道の行場の名前です。標高はわずかですが、ほとんどが岩場なので、気合を入れて登らなければなりません。
高峰(たかみね)
547.8m
平成15年1月12日
1回
JR名松線の関ノ宮から約2時間で登れます。山自体は植林に覆われていて、頂上の北側に自然林がある、何の特徴もない山です。登山の対象にならない山なのでしょうか、登山道は消えていて、わずかな標しを頼りに登ります。
高束山(たかつかやま)
500m
平成15年1月12日
1回
美杉の君ヶ野ダムの南西に位置し、頂上に御岳山を御神体とする祠があり、大変しっかりした登山道がついています。水場も途中にあり、本堂の横には「神湧水」と言ってきれいな水がたまっています。
霧山城址(きりやまじょうし)
560m
平成22年11月3日
2回
霧山城は、南北朝時代の北畠氏の居城です。北畠親房の子の伊勢国司顕能が築城したとなっています。長い間、この地方の大豪族として勢威を振っていましたが、天正4年の12月、織田信長の率いる二万の軍勢に攻め落とされました。
尼ヶ岳 (あまがたけ)
957.7m
平成9年春
1回
尼ヶ岳は円錐形の形がいい山です。名張方面、上高尾からのコースで登ると、ほとんどが木でできた階段で、思ったより疲れました。頂上の草原は、寝そべってうとうとしたくなります。
大洞山 (おおぼらやま)
985m
平成14年6月9日
平成16年3月14日
2回
美杉の一番奈良県よりに位置する山です。名前は、法螺貝(ほらがい)の大螺山から、大洞山に変わったそうです。山容は、法螺貝というよりも像の背中にそっくりです。
学能堂山 (がくのどうさん)
1021.6m
平成22年11月3日
1回
三峰山から北にのびる支稜で、山頂は三重県の美杉町と奈良県の御杖村を分けています。堂々たる山容は、鈴鹿の御池岳を連想させられます。
修験業山 (しゅげんぎょうやま)
1094m
平成23年10月2日
1回
高見山から三峰山を通って、局ヶ岳に延びる稜線上にある山なので、飯高の山とも言えますが、美杉町の川上八幡神社が登山口なので、こちらのくくりとなります。ましてや、直接登るルートは飯高側にはなく、川上八幡神社の奥宮もあるので、名実とも美杉の山と言えるでしょう。

 名張・曽爾の山松阪・飯南・飯高の山

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