特集 マーラー『復活』

 

レナード・バーンスタイン指揮  
ニューヨーク・フィルハーモニック
多分100回は聞いたと思います。とにかく出だしのカッコよさが印象的で、落込んだ後などは、この曲を聞いて復活していました。

 

クラウディオ・アバド指揮
シカゴ交響楽団
アバドの演奏は、今のベルリンフィルに通ずるものがあります。それは、正にヨーロッパの風。私はこの演奏で、アメリカのオーケストラにもかかわらず、本場の音色を感じました。どちらかというとアメリカのオーケストラは、演奏を職務としてとらえていると思います。それはそれでいい所もあると思いますが、やはり、ベルリンフィルやウィーンフィルが、好きです。

 

ウィン・モリス指揮
シンフォニカ・オブ・ロンドン
何気なく買ったレコードだが、大変気に入っている。のびのびとした演奏がいい。『この演奏は驚くべき雄大さと迫力を持っている。」とうたっているが、その言葉がピッタリである。

 

レオポルド・ストコフスキー指揮
ロンドン交響楽団
ストコフスキーが90歳を過ぎてから録音した力作である。重圧的なフレーズがこれでもかと押しかけてくる。この人は芸能人みたいな所があったので、私にとっては、信じられないくらいの芸術性を感じた。ところで、わたしの知っているストコフスキーは、映画『オーケストラの少女』でリストの『ハンガリー協奏曲第2番』を演奏した事と、ディズニーのアニメ映画『ファンタジア』で本人のシルエットが出てきた事だ。ちなにその映画の中で演奏された、チャイコフスキーの『くるみ割り人形』の『花のワルツ』は私の好きな曲で、携帯の着信音にしている。

 

ブルーノ・ワルター指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
かなりお見苦しいジャケットになってしまいましたが、多分宇宙をイメージしたものと思われます。オデッセイの輸入モノなので、他にも意味のわからないジャケットも持っています。
ところで、ワルターのレコードは、ベートーヴェンやモーツァルトで早くも聞いていましたが、ワルターがマーラーの弟子だった事は、かなり経ってから知りました。マーラーの弟子というより、「マーラーの演奏をしていた人が、この第9を演奏するか?」という感じです。
「ワルターは、女性的な演奏をする。」という評価に対し「私は、むしろ男性的だと思う。」とレコードの解説に書く人がいます。私は、「女性的」という解説文を読んだ事がなく、解説者は本当は「女性的」と思っているのに、話を面白くするために「男性的」と書いているのではないかと思えてなりません。モーツァルトは音楽の母と学校の先生が言っていましたが、オペラ『ドンジョバンニ』や『コジ・ファン・トゥッテ』を見ると、男性から見た女性という感じです。やはり私は、モーツァルトはモーツァルト的でワルターはワルター的でいいのだと思います。という事で、演奏の解説は書けなくなりました。

 

ジュゼッペ・シノーポリ指揮
フィルハーモニア・オーケストラ
先日の新聞で、急逝された事を知り大変びっくりしました。お医者さんでもいく時はいくのだから、今の内に好きな事をやっておこう。と、言いつつ仕事もしっかりやります。この演奏ははっきり言ってハチャメチャだと思いました。ちょうど「バーンスタインのマーラー第9番をここに持ってきた」というかんじです。これだけテンポを違えたら、オーケストラのメンバーが筋を違えるのではないかと思います。しかし、私が中学校の頃にこの演奏を聞いていたら、大ファンになっていただろうと思いました。とにかくロックのノリでしたから。

 

レナード・バーンスタイン指揮  
ニューヨーク・フィルハーモニック 1987年4月録音
バーンスタインが私に残していってくれた遺産です。すべてのセクションで私の好みどうりです。しかし、基本的には旧盤と変わらず、テンポの持って行き方として、バーンスタインらしい『復活』と言えるでしょう。違うところをあげると、まず、アナログからデジタル録音に変わったというところ。「今のデジタル録音は音が悪い!」と言いたい私ですが、これだけ音のパレットに絵具の種類が多いと、デジタルでないと表現できない、特にバーンスタインが目指したアイデンテティーだったのだと思います。そして第五楽章のド迫力。パーカッションのppからffに持っていく所は、他の演奏の群を抜いています。最後の大合唱では、オルガン、タムタム、グロッケンのすさまじいコントラストが快感です。