私説『カラヤンファン』

指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンに対する評価は賛否両論。熱烈なカラヤンファンもいれば、アンチカラヤンも同じ数ほどいます。
数多い指揮者の中で、なぜカラヤンだけが、こんなにも両極端に評価が分かれるのでしょう?カラヤンの演奏を聴いていると、演奏のテンポ、音の強弱や音色が、他の指揮者とは独特の違いがある事がわかります。

例えば、フェルマータをやたらのばしたり、逆に曲によってほとんどのばさなかったりします。
ベートーヴェンの第九の4楽章で、テノールのソロの前、ちょうど330小節目の全音符は、ゆうゆうが知っている限り最長の10秒。展覧会の絵の『キエフの大きな門』の最後では、他の指揮者に比べて極端に短く終ってしまいます。

また、曲の出だしがいきなりだったり、流れるような出だしだったり、金管楽器を増やしたり、弦楽器を増やしたりします。
リヒャルト・シュトラウスの交響詩『メタモルフォーゼン(変容)』では、元々23人の室内音楽だったのを80人に増やしています。音が鳴るところが聞こえなかったり、逆にこれでもかと誇張して鳴らしている演奏もあります。
ドボルザークの交響曲『新世界』では、1曲を通して一発だけ、4楽章にシンバルが鳴らされますが、極端にピアニッシモで、ほとんど聞き取れません。ホルスト組曲『惑星』の天王星では、チェレスタが独奏体制?をとっています。

その他にも、録音の数ほど特徴があるといっても過言ではありません。そのようなラヤンの演奏に、心を惹かれる人がカラヤンファンになり、それを毛嫌いする人がアンチカラヤンになるのだと思います。
さらにカラヤンだけに起こり得る現象として、そのカラヤン独特の演奏に一種の中毒症状が起き、カラヤンファンならぬカラヤン中毒になる人がいるのだと思います。この中毒になる人の多さが両極端の大好きと大嫌いの差に現れるのではないでしょうか?



それでは、ゆうゆうの実体験を基にその根拠をご説明します。
ゆうゆうの持っているレコードやCDの中で、一番多い演奏家は、間違いなくカラヤンの指揮です。好きな指揮者も、トップはカラヤンです。文字どうりカラヤンファンです。ところが最近、アンチカラヤンの気持ちがわかるような気がしてきました。そう、ここ1~2年の出来事です。

それは、自分がカラヤン中毒に犯されているという、自覚が芽生えてきたからです。ゆうゆうの言っている中毒症状とは、まず他の演奏家のレコード(ゆうゆうたちの年代はCDもLPもレコードと言います)が聞けなくなります。次に他の演奏家の批判をするようになります。新しい種類のレコードを買う時は、わき目も振らずカラヤンに飛びつきます。そして他の指揮者には見向きもしなくなります。

最後には、心も体もカラヤンに洗脳されてしまうというわけです。自分では、単にカラヤンの指揮がすばらしく、それによって一番だという評価がなされていると思っていましたが、何もかもがカラヤンだというのは、やはりマインドコントロールされていることを否定できません。

このマインドコントロールされている人が、極端なカラヤンファンになり、それをわかっている人でカラヤンが嫌いな人は、その分からず屋のカラヤンファンに対しても反感を持ってしまって、極端なアンチカラヤンになるのだと思います。



次に、ゆうゆうがだんだんカラヤン中毒になっていって、そして現在に至っているという歴史をご紹介します。
まず初期の症状としては、中学校の1~2年生の頃ですが、例えばひとつの曲で、カラヤンとベーム、カラヤンとフルトヴェングラー、カラヤンとワルターというように、演奏の違いを何でもカラヤンと比較するようになります。
この頃はまだ、テンポの違いだとか音色の違いなど、比較のいわばものさしに使うだけですので、どちらかが優れているとかはありません。

ところが次には、演奏の優劣をつけ始めます。
ベートーヴェンの第9はたくさんのレコードが出ていますが、中学校2~3年生の頃は好きな順で、一番がワルター、二番がフルトヴェングラー、三番がベームで、四番目にやっとカラヤンが来ていました。そのあとストコフスキー、バーンスタイン、ショルティ・・・・と続くのですが。
とにかく、まだ、カラヤンは私の中では、数いる指揮者の一人でしかありませんでした。(もっともベルリオーズの「幻想交響曲」は、その頃から一番でしたが)そうこうするうち、高校生になってから、カラヤンのベートーヴェン交響曲全集を、バイトのお金をはたいて買いました。

その時、第9のレコードを聞いて大変な衝撃を受けた事を、今でも痛烈に覚えています。それは、第4楽章歓喜の歌の出だし(216小節目)でした。バリトンの歌手がそこに立って歌っている錯覚に陥るほど、それはそれはリアルな音に聞こえました。それからはもう第9はそればかり聞いてしまって、聞き比べなんてまったくしなくなってしましました。そしてとうとう「第9はカラヤンが一番」となってしまったのです。その後も、他の曲も少しづつ、一番がカラヤンへと移っていきました。

ただその頃、ゆうゆうは熱烈なマーラーファンだったので、カラヤンは元々マーラーの録音が少なかったので、完全制覇するには、まだ程遠い状態でした。それでも、ベートーヴェンや、チャイコフスキーを中心に、着実に浸透して行くのでした。

中には、カラヤンの演奏が元々嫌いだったのが、崇拝?するまで行ったのもありました。その中で一番顕著に表れたのは、リヒャルト・シュトラウスの『アルプス交響曲』です。
この曲は、ゆうゆう好みの大楽器編成で、オーボエに似たヘッケルフォーンなどの珍しい楽器や、風音器や雷音器、牧羊擬音などを使用しています。また「ツゥアラトゥストラ」で有名なオルガンが、ここでも使われている事と、単一楽章であること、それに曲の構成の複雑さが特徴です。

まず、中学3年の終わりに、ショルティ指揮のレコードを買ったのが最初です。このレコードは、特に厳選された素材でできていて、重量も他のレコードに比べて25%重たくなっていて、安定性に優れています。次に、メーター、ベームと続きますが最後に買ったカラヤンにはゆうゆうは逆の意味で度肝を抜かれました。第一印象はそれこそ「ダサイ」です。100年の恋も冷めてしまった感じです。

最初の「夜」の部分はぜんぜん聞こえませんし、次の「登り道」では、歩いているというより、這っているといったほうがいいようなスローテンポです。「見えるもの」の部分もテンポが遅いし、「頂上にて」や「日没」なんかは、弦がうるさくて聞いてられませんでした。だから1回聞いてお蔵入りになりかけたものです。
ところが中毒というものは怖いものです。自分の心の中に「カラヤンは偉大な指揮者なので、これはいい演奏に違いない。自分の耳が間違っている。」という気持ちが宿っていたのでしょう。
まず「日没」で、他の指揮者の演奏と違って優れていると思ってきました。それは曲の部分部分で少しずつテンポを変えているのです。それも、楽器によってテンポのずらし方がまちまちなので、あたかもオーケストラでカデンツァを演奏しているように感じました。それが耳にこびりついて、寝ながらも自分の頭の中で演奏する有り様です。
次に、「頂上にて」の音量も「登り道」のテンポもちょうど良いとなり、最後には「これじゃないとダメだ聞けない」となってきました。紛れもなくカラヤン中毒です。
名づけて「カラヤンのテンポでないとダメだ症候群」です。そしてその後、他の曲にもそのウィルスが移り、一部例外を除いて(モーツァルトやマーラーの一部)ほとんどすべてに感染してしまいました。



昭和60年前後は、LPからCDにすごい勢いで移行して行く時代でした。
ゆうゆうも、多趣味の為少しづつではありますが、CDを揃えて行きましたが、やはりそれからというもの、90%以上がカラヤンのCDでした。



ゆうゆうが28歳の時ですが、それまでの音楽生活に転機が訪れました。それはモーツァルトの曲、それも今まで全く手を付けていなかった、オペラとピアノコンチェルトのジャンルなどを含めて、モーツァルトの音楽全般を趣味に加えました。まずロンドンから出た、125枚組CDのモーツァルト大全集を購入し、片っ端から聞きあさりました。当然のことながらカラヤンも、シンフォニーやオペラを中心にCDを揃えて行きました。

しかしカラヤンのレコードは、さすがにレコードの種類が少ないのです。ピアノコンチェルトとピアノソナタは皆無ですし、他のコンチェルトもゆうゆうの知っている限りでは、ほとんどありません。(尤もこの前ダイソーの100円均一でクラリネットコンチェルトを発見しましたが)これは、カラヤンがモーツァルトを少し苦手と思っている証拠ではないでしょうか?
ゆうゆうの感想として、セレナードやディヴェルティメントなどは、曲の完成度が非常に高いので編曲?の得意なカラヤンもそうは太刀打ちできないのではないでしょうか?よってカラヤンらしさを出そうとすると、かえってモーツァルトの美観を損ねアンチカラヤンの温床にもなりかねません。

ゆうゆうのこれまでに聞いていたモーツァルトは、90%以上が交響曲でした。中学校の時は、指揮者別に聞き比べをしたものです。ところがこのモーツァルト大全集のシンフォニーでは、18世紀当時の楽器や、その複製品が演奏に使われていますので、いわば違うジャンルの曲になっています。その事もあって、モーツァルトの交響曲(ゆうゆうは、シンフォニーと交響曲は違うジャンルの音楽と解釈しています。その事は後ほど別のコラムで紹介したいと思います。)と、シンフォニーを含む他のモーツァルトというように、だんだんゆうゆうの中で住み分けするようになってきました。
モーツァルトの曲は、指揮者や演奏家の違いによってモーツァルトのアイデンティティーが変わません。わかりやすくいうと、モーツァルトの曲は、指揮者や演奏家の違いによって聞き比べする事に意味をなさないという事。ゆうゆうは、モーツァルトだけは「聞き比べ」をしなくなったのです。
よって、ゆうゆうの音楽の趣味は、カラヤンはカラヤン(こちらは比較演奏の対象)、モーツァルトはモーツァルトというように、ふたつの違ったジャンルの趣味として位置付けるようになってしまいました。そしてそれが約10年続いた事になります。 



そして現在です。
相変わらずカラヤンはカラヤンでレパートリーを増やして行きましたが、モーツァルトでは、ひとつの曲で演奏家を変えて聞くことがあまりありません。それでもカラヤンで出ているモーツァルトは積極的に購入しています。

ある日、大阪へ鉄道の硬券きっぷ(実はゆうゆうは鉄道の趣味趣味もあります。)を買いに行ったついでに、中古レコード屋に立ち寄りました。特にほしいレコードはなかったのですが、せっかく寄ったのと、1,000円という値段が気に入って、アバド指揮、ベルリンフィル演奏、グルダピアノの、モーツァルト ピアノコンチェルト第25番&第27番のCDを購入しました。帰りの車で聞いてみましたが、第一印象はかなり悪いものでした。曲全体は、間延びしたスローテンポ。オーケストラは、人間でいうとガラガラ声で、ピアノもぎこちない印象でした。はっきり言って「ダサイ」。同じベルリンフィルでも、カラヤンだったらきっと満足が得られたと、その時は思いました。
ところがどうでしょう。あのカラヤンのアルプス交響曲の時と同じ感情が、アバドの演奏にも起こってしまったのです。印象は、スローテンポから、しっかりとし且つ流れるテンポへ。ガラガラ声は、重厚なオーケストレーションへ。ぎこちないピアノは、時には一音ごとに目的をもったソロ演奏、時にはオーケストラに見事に溶け込んだ演奏へと、当初とは全く逆の印象を持ったのでした。我ながらこの豹変ぶりは、音楽に対しての見る目のなさに(聞く耳のなさに)あきれる次第です。 

それでふと気が付いたのですが、自分がいいと思っている演奏も、実は違うのではないか。アバドの演奏も眉唾ではないかと思ってきたのです。そしてそう思うのと平行して、レコードになるような一流の演奏なのだから、自分の知らないもっと優れた部分があるのではないかと思うようになりました。だったら、ハナから固定観念で演奏を評価するのはやめて、もう少しそのレコード演奏の本当の意味を考えるというか、感じるような方法で鑑賞したらいいと思ってきました。
それが去年の秋。ちょうど1年ほど前です。尤もアバドのレコードは、今でも大好きですが。それからは、なるべく分け隔たりのない鑑賞方法で、演奏を楽しむようにしました。ただ、聞き比べもまた少しするようになりましたが、当然、固定観念を捨ててです。



カラヤンの事とはとは違いますが、初めてホームページを作るにあたって、『特集マーラー復活』なるものを作成しましたが、コメントを付けるのに、かなり昔のレコードを引っ張り出してきて聞き比べをしました。
復活はここ5年ほどは、バーンスタイン指揮、ニューヨーク・フィルハーモニック演奏(1987年録音)のCDしか聞いていませんでしたが、改めてストコフスキーやショルティーなどの演奏を聞くと、過去にはなかった感動を覚えました。
特に大嫌いだったシノーポリでは、急逝された事もあって、改めて聞き直してみると、昔嫌いだった箇所が不思議と嫌でなくなっていました。そして思うには、今まではシノーポリに関していえば、購入価格の4600円をどぶに捨てるような事をしていたわけです。このように「固定観念にとらわれた鑑賞をすると損をする」という考えは、今まで無かった事です。



話をカラヤンに戻しますが、以前に図書館で、ヴァイオリニストが書いたアンチカラヤンの本を、チラっと読んだ事があります。「テンポがおかしい」とか「オーケストラの団員に指示されない指揮ぶり」だとかが書かれていたように記憶していますが、なぜ同じ音楽家がこうも強烈に批判するのかと、不思議に思った次第です。でもよく考えてみると、有名な音楽家でカラヤンを支持する人は少ないように思えます。逆に、カラヤンファンが有名な音楽家だったという事もあまり知りません。
ゆうゆうの周りでも、過去の音楽の先生では、カラヤンファンはいませんでしたし、ゆうゆうの所属している『モー津ァルトの会』の方もカラヤンファンはいません。特にその会長は、大のアンチカラヤンで「私の家に通ってもカラヤンは一生聴けないよ!」と言われています。「誰かが評価していた 華麗なる虚しさ という言葉がぴったり」とも言われました。確かにカラヤンはモーツァルトには合わない部分があると思います。カラヤンファンも、お勧めにあまりモーツァルトの曲を選んでいないように思えます。

もう一つ加入している『MBCモーツァルトばかクラブ』では、年に4回会報誌がくるのですが、その中にも、カラヤンの記事が載った事はありませんでした。
ゆうゆうの周りに、過去にはカラヤンファンは、いたにはいたのですが、熱烈なファンは少なかったです。一人、ゆうゆうの高校時代の先生で、大のカラヤンファンで、カラヤンが来日した時、マーラーの交響曲第6番を聞きに行ったという人がいましたが、柔道の先生で楽器はからっきしダメだそうです。ゆうゆうもご多分にもれず、楽器は弾けません。

そのような事を含めて、カラヤンファンで、音楽に精通している人は少ないのではないでしょうか?最近特にそのような事を考えるようになりました。だから、自分がカラヤン中毒に犯されているという、自覚が出てきたわけです。アルプス交響曲が発病の時と考えると、病状を自覚するのに、実に20年の歳月をかけた事になります。



今まで、カラヤンに対するゆうゆうの思いの変遷を紹介してきました。途中で脱線したキライもありましたが、ここで整理してみます。

中学校1年生頃・・・・曲の聴き比べをする時、カラヤンの演奏を多く聞く。

中学校2~3年生の頃・・・・指揮者の違いで曲に優劣をつけるようになる。

16才前後・・・・カラヤンが一番が増える。

20才の頃・・・・カラヤンでないと聞けない曲が増える。

~28歳まで・・・・自称カラヤンファンで通す。

30才前後・・・・モーツァルトを違うジャンルの趣味として位置付ける。

~1年前・・・・2つの趣味を切磋琢磨に続ける。

~現在・・・・音楽鑑賞をより良い方向に持っていく為に、カラヤンとの接し方を模索
している。

当然今でも、カラヤンファンはかわりませんが、モーツァルトへの思いが、ゆうゆう
の中ではカラヤンの反対勢力になっているのも事実です。しかし今のところ、同じように2本立てで行きたく思っています。
カラヤンについては、まだとりかかっていない作曲家もありますし、モーツァルト以外のオペラにもそろそろ手を付けられたらいいと思っています。という事で、モーツァルトファンは巨人ファンと同じ、またカラヤンファンは阪神ファンと同じという、訳のわからない結論を出して、この『私説カラヤンファン』を終わりたいと思います。