音楽の履歴書




レオポルド・モーツァルトとその二人の子供、ヴォルフガングとナンネル

クラシック音楽 履歴書
ゆうゆうのクラッシック音楽の趣味は、小学校五年生ぐらいから始まりました。それは、学校の音楽の時間に、ケテルビーのペルシャの市場を演奏したのがきっかけでした。よく覚えていませんが、確かたて笛中心のオーケストラで、ゆうゆうのパートは鈴だったように記憶しています。そして、授業で習う音楽だからということで、一枚のレコードを親にせがみ買ってもらいました。 どこで買ったかは忘れてしまいましたが、RCAビクターから出ていた、アルバム名が『In a Persian Market』その名も『ペルシャの市場』です。このアルバムは、解説書が残っていないので残念なのですが、管弦楽曲のさびの部分を抜粋した、いわゆるベスト・セレクション・アルバムなのです。他に『軽騎兵』『アイーダ』『つるぎの舞い』というような、クラシック音楽の中でもポピュラーな9曲が収められていて、子供でも充分楽しめる録音になっています。 そしてそれからというもの、家にあったステレオ(本当はスピーカーが2つあるだけでモノラル再生です)で毎日のように、とにかくレコードが擦り切れるまで(当時のレコード針はクギみたいなので、本当に擦り切れました)聴きまくりました。特にロッシーニの『ウィリアム・テル序曲』はアルバム最後の曲なのですが、必ず1日1~2回は聴いていたような記憶があります。それが、ゆうゆうの「クラッシック音楽鑑賞」の始まりです。 その後他のレコードもほしくなり、さしあたりモーツァルトから手を付け始めました。まずは、CBSソニーから出ていた、アルバム名が『これがモーツァルトだ その1』というのを買いました。これはモーツァルトのベスト・セレクション・アルバムで、2枚組みの中にいくつものジャンルの曲が入っています。その中で特に交響曲第40番K.550が気に入り、第一楽章を中心に何度も聴きました。短調のなんともいえないフレーズに、子供ながらに感動した事を覚えています。 次の大きな転機は、中学1年生の時です。入学祝いに親に本当のステレオを買ってもらう事になりました。当時学校では、音楽と言えば「歌謡曲」が主流でしたが、ゆうゆうは「クラシック音楽鑑賞」と言う高尚な趣味を大義にして、ステレオを買ってくれるよう親を説得したのでした。買ってもらったステレオは、ビクターの「クリエートシリーズ」と言う種類で、ランクは高級タイプのフルオート・プレーヤー搭載のコンポです。今でも、そのプレーヤーとチューナーとスピーカーは健在です。 せっかく趣味を「クラシック音楽」にしましたから、どんな趣味活動をしようと考え、まずはFMのエアーチェック、次いで小遣いで少しづつレコードを購入して行く事にしました。その頃は、持っていたレコードと言えば、親から買ってもらった5枚程と、親戚からもらったEP数枚と25枚組の、これもRCAビクターの「クラシック音楽全集」だけでした。さすがに新しいコンポではEPは聴けませんので、気に入った同じ曲を何度も繰り返し掛けているだけでした。 少し話が脱線し始めましたので本題に戻りますが、1年生も3学期に入った頃でしょうか、何気なく聴いていたFMラジオで、石焼いも屋さんのあの「プー」という甲高い笛のような音が聞こえてきました。新聞で番組を確かめて見ると、マーラーの交響曲第1番『巨人』と書いてありました。後でわかったのですが、聴こえていたのは第1楽章の冒頭の部分だったのです。正直言って「こんなのが音楽の内に入るのか」と、その時は思いました。でもその後頭から石焼いもが離れなくなり、しかたなくレコードを買いに行く事になりました。 そして、その石焼いもの部分を何回も確かめたのです。やっぱり聴けば聴くほど似ている(今ではそう思っていません)と思ってきます。第1楽章は、ちょっと変則なソナタ形式でできていて、最後の管楽器のファンファーレのような部分が印象的です。第4楽章の最後にも同じシーンが出てきて、最初の内は第1楽章と第4楽章を交互に聴いていました。そしてだんだん4楽章を通して聴くようになり、ここで、それまで全く知らなかった、音楽の授業でも出てこなかった「クラシック音楽」がある事を悟るのです。 調べてみると、マーラーの交響曲は9番まである事がわかり、次に、第2番『復活』を買いました。一つの曲でレコード2枚組だと言うことで、何か大変な優越感を感じた記憶があります。その頃のゆうゆうは、クラシック音楽が好きというより、クラシック音楽を聴いている自分が好き。どういう事かというと、歌謡曲を聴いているより、クラシック音楽を聴いている方が、地位が上というかランクが上というか、芸術を趣味にすることは、めちゃくちゃカッコいいと思っていたのでした。趣味とマニアの違いは、主観性がどれだけ強いかで決まると思っていますが、そうだとしたら、これはもうマニアの領域に入っているのではないでしょうか? ところでその年の、音楽の友社から出ている『レコード芸術』という雑誌のレコ芸大賞に、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮でシカゴ交響楽団の、マーラーの交響曲第9番が選ばれました。マーラーの交響曲は1番から2番と、順番に揃えていくつもりでしたが、大賞とあっては手に入れない理由がありません。早速聴いてみると、ベートーヴェンの第9を想像していたので大変な驚きでした。ふつう交響曲は1楽章から4楽章まであって、早いテンポの楽章を1楽章と4楽章にもってくるものです。チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』で、第4楽章がアダージョなのは有名でしたが、マーラーの第9は第1楽章と第4楽章がスローなテンポになっています。特にゆうゆうは第1楽章がお気に入りで、レコードの摩擦防止剤をぬって何度も聴き入りました。 続いて中学2年の時、サー・ゲオルグ・ショルティー指揮の全集を、中古で手に入れました。中でも第6番『悲劇的』の演奏はド迫力で、タムタムとシンバルと大太鼓の和音は、爆弾が落ちたような錯覚に陥ります。マーラーのレコードはその後どんどん増えていって、バーンスタインのレコードもバラで全部揃えましたし、クーベリック、アバド、ワルター、カラヤンと発売されているマーラーのレコードを片っ端から揃えていって、恐らく当時国内で発売されていたレコードの90%以上を揃えたのではないでしょうか。 中学3年になると、他にもクラシックを聴く連中との交流も盛んになりました。古谷君と亀山君というのがいて、彼らに大分影響を受けました。彼らとのエピソードは別ページで紹介する(今世紀予定)として、その頃からマーラーだけではなく、かなりレパートリーが広がってきたように思います。ベルリオーズの「幻想交響曲」や、ベートーヴェンの交響曲(3,5,7,9番をよく聴きました)、モーツァルトの交響曲などもマーラーの交響曲と平行に鑑賞していました。このように5年程で、ゆうゆうの「クラッシック音楽鑑賞」趣味が確立したのでした。 その後は私説『カラヤンファン』でも述べているように転機が3つありました。一つは中学から高校にかけて指揮者をカラヤンにした事。もう一つは、30歳くらいからモーツァルトの音楽を、オペラを中心に違うジャンルの趣味として位置付けた事。最後に新世紀に入り、今までの音楽鑑賞を残しつつ、新しい鑑賞方法(例えば、恐ろしく古いカラヤンやフルトヴェングラーのレコードを聞くとか、モーツァルト以外のオペラにも着手するとか)を模索し出しました。 しかし現在は、特に新しい試みをしているわけではありません。最近はHP作成に時間を割かれ、仕事中に車で異動する最中に、聴いている程度です。新しい車には、オプションのCDチェンジャーを装着しましたので、2つのオペラをノンストップで聞けるのが快感です。でもやはり、マンネリ化している事実というのは歪めません。今現在、心に思っているのは「街で聴こえてくるモーツァルトの曲、メディアから流れているモーツァルトの曲、とにかく、ゆうゆうの耳に入ってくるモーツァルトの音楽で知らないものは無い!」というようにしたいのです。欲を言えば、ケッフェル番号が分かり、いつどこでどのような背景で作曲したか、分かるようになりたいです。 ゆうゆうは、モーツァルトの知識は映画『アマデウス』を見たぐらいであまりありません。あとは曲の解説しか読んでいませんので、今のところいきなりは無理ですが、あまり聴いていない宗教音楽や、ピアノ・ソナタなどの曲をよく聴いて覚えるところから始めたいと思います。日本人の平均寿命でいくと、ちょうど人生の折り返し地点を、少し過ぎた位置にいるゆうゆうです。果たして、ケッフェル番号当てクイズに出て優秀な成績を収めるところまでいくでしょうか? おことわり・・・・このコラムには、先に公開している「私説カラヤンファン」と内容が重複しているところが多々あります。こちらは主に、ゆうゆうがクラッシック音楽を聴くようになった生い立ちから、趣味として確立していった変遷を紹介しています。