青春18きっぷ紀行 前のページに戻る


1987年(昭和62年)〜2005年(平成17年)

乗りつぶし年鑑

 

2005年(平成17年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
8月19日〜
8月22日
青春18きっぷ
得意の、車中二泊で九州にい行ってきました。目的は、かねてから行ってみたかった島原鉄道と、旧国鉄の、今は平成筑豊鉄道になっている伊田線・田川線・糸田線です。
4月3日 青春18きっぷ きっぷが1枚余ったので、大阪に鉄道グッズを買いに行きました。主に硬券入場券です。
3月27日 青春18きっぷ 京都の福知山駅で、鉄道廃品即売会があったのでそこに行ってきました。

3月19日〜
3月22日

青春18きっぷ
3度目の正直となった五能線です。一昨年はリゾートしらかみの指定席券を購入したにも関わらず、フィリピンからお客が来たのでキャンセルし、1月は下記のアリサマです。
今回は天気も上々で、踏破した路線も、奥羽本線、左沢線、五能線、花輪線と、本州完全制覇の足がかりとなった遠征でした。
1月8日〜
1月11日
青春18きっぷ
ムーンライトながら指定席券
いなほ7号指定席券
目的は五能線です。9日、は上越線周りで日本海に出て秋田まで行く予定ですが、雪の影響で小出からバス代行となりました。お陰で乗らなくていい「いなほ」で到着です。
2日目は、始発で男鹿線を踏破して、 リゾートしらかみで能代まで行きます。また雪がひどくなってきて、列車が止まってしまったので、諦めて北上線で東北線に出て、途中から新幹線で帰ってきました。
1月4日
青春18きっぷ 紀勢本線を周参見まで往復しました。

目次へ戻る

 

2004年(平成16年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
8月7日〜
8月9日
青春18きっぷ
ムーンライト八重垣
指定席券

木次線、境線をのりつぶしてきました。また、三江線は浜原と粕淵の一駅間だけがのりつぶされていませんでしたので、それも今回踏破してきました。

詳しくはこちらから

1月1日〜
1月3日
青春18きっぷ
ムーンライトながら91
指定席券
ムーンライトながら92
指定席券
元旦の夜から、ムーンライトながら92で上京して、2日は内房線と外房線をのりつぶします。品川まで戻り、ムーンライトながら91で、終点の大垣まで行きます。
3日はそれから、大阪まで出て、1日かけて紀勢本線で紀伊半島を一周してきました。

目次へ戻る

 

2003年(平成15年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
10月11日

10月14日
鉄道の日記念
乗り放題
ムーンライトながら
目的はディズニー・シーでした。
8月30日〜
9月1日
青春18きっぷ
ムーンライト九州指定席券
今シーズンは、これが最初で最後の乗りつぶしでしたが、今回でJR九州を全線制覇しました。筑肥線の山本から伊万里までと、佐世保線の佐世保から早岐までが最後の区間です。
3月29日〜
31日

青春18きっぷ
ムーンライト九州指定席券

九州の長崎に青春18きっぷで行ってきました。ゆうゆうは高校の修学旅行で長崎に行っていますが、駅に立ち寄った記憶が全然ありません。恐らく観光バスで移動していたからだと思います。今回でJR九州の路線は、筑肥線と唐津線の一部を除いてほぼ制圧する事ができました。
3月8日〜
3月10日
青春18きっぷ
ムーンライトながら指定席券
伊勢鉄道乗車券
小湊鉄道乗車券
いすみ鉄道乗車券
春の18きっぷシーズンの幕開けです。
春風に誘われて、房総半島の菜の花を求めてと言いたい所ですが、今年の日本列島は寒い!厳冬用の登山ウェアーで身をかためて、ながらで上京します。
房総半島の外房線と内房線は何度か訪れていますが、久留里線といすみ鉄道は実に15年ぶり、1988年3月8日以来でした。いすみ鉄道は当時はJR木原線で、第三セクターになる最後の年、どころか最後の月だった筈です。終点の上総中野駅には駅員さんがいて、18きっぷにちゃっかり途中下車印を押してもらっていました。その時小湊鉄道には乗りませんでしたが、なぜならその時のゆうゆうは、18きっぷの料金以外のお金を払って、私鉄などに乗る余裕と云うか、甲斐性がなかったのです。
今回はそんな事はすべて忘れていて、実はいすみ鉄道もこの旅行紀行を書くまでは、小湊鉄道とあわせて初めて乗った区間だと思っていました。
1月19日 青春18きっぷ 1枚きっぷが余ったので、大阪まで買い物に行きました。紀勢本線、関西本線、大阪環状線と乗り継いで大阪駅まで行きます。名盤堂と言うクラッシック専門の中古レコード店で、LPを41枚とCDを買って、帰りは片町線(学園都市線)経由で帰ってきました。本当は、鉄道グッズが売っている店も寄りたかったのですが、持ちきれないほどのLPを買ってしまったので、またの機会にします。
1月1日〜
1月5日
青春18きっぷ
ムーンライト九州指定席券
普通乗車券
急行券
ムーンライト山陽指定席券
元旦の夜から九州に入り、肥薩線、指宿枕崎線、日南線、宮崎空港線、日南線、吉都線を乗りつぶしてきました。

目次へ戻る

 

2002年(平成14年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
9月1日 青春18きっぷ 紀伊半島を一周してきました。久しぶりに丸1日かけての旅です。
7月19日〜22日 青春18きっぷ
乗車券
新幹線指定席券
特急はつかり指定席券
伊勢鉄道乗車券
青森県は下北半島まで、電車を乗り継いで行ってきました。今回は鉄道だけでなく、恐山の観光も兼ねての旅です。
3月23日〜25日 青春18きっぷ
ムーンライトながら指定席券
東武鉄道乗車券
野岩鉄道乗車券
会津鉄道乗車券
伊勢鉄道乗車券
14年ぶりに只見線に行く事にしました。浅草から東武鉄道と野岩(やがん)鉄道と会津鉄道を乗りつぶし、会津若松まで行き、喜多方でラーメンを食べ、経由で帰ってきました。詳しくはこちらをご覧ください。

目次へ戻る

 

2001年(平成13年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
7月20日〜
9月9日
青春18きっぷ ゆうゆうの鉄道趣味人生の特別企画。青春18きっぷ1枚で、有効期間の5日間にどれだけ多くの種類の「途中下車印」を押せるかというイベントをしました。論より証拠、まずはココからご覧下さい。
4月7日〜8日 青春18きっぷ 目的は2つ。可部線を制覇することと、駅の探索です。10の駅を詳しく調べてきました。
3月10日〜12日 青春18きっぷ
ムーンライトながら指定席券
吾妻線を制覇しました。
ムーンライトながらで関東入りし、高崎線と上越線で渋川まで行きます。普通列車の525Mは長野原草津口止まりです。別料金を払って、万座・鹿沢口まで新特急草津1号で行きます。駅では、買ったきっぷに無効印を押して貰うのを忘れません。
そこから終点の大前駅まで営業キロで3.1キロを歩きます。道にはかなりの雪が積っていて、知らない土地での不安を若干感じさせられます。国道は駅への標識などなく、チョット行き過ぎてから人に聞いて、やっとの事で駅に着きました。登山用のガスコンロでお湯を沸かし、途中のスーパーで買ったカップラーメンを作ります。
しばらくして着いた折り返しの115系は、てっちゃんであふれかえっていました。停車時間が6分しかないので、皆さん、記念撮影やら駅の探索やらで大忙しです。余裕のゆうゆうは、往きは忘れていて気がつかなかった、日本で一番短い樽沢トンネルに照準を合わせます。岩島〜川原湯温泉間にあるこのトンネルは僅か7.2m。20mある車両の半分にも満たない短さです。ところが、確認して安心したのか、うっかり寝てしまって気がついたら渋川の手前でした。「あとのまつり」とは正にこの事です。でも、また来る理由ができたので良しとしましょう。ちなみに、なぜこんな短いトンネルになったか知っていますか?ゆうゆうは知っています!
1月19日、20日 青春18きっぷ ゆうゆうは、余った18きっぷをよく「青春18きっぷ掲示板」で売却しますが、売れた方には使い終わった後、記念にと返してもらっています。これはその方が使った分です。
1月3日 青春18きっぷ 紀勢本線の駅を途中下車して、8つの駅を探索してきました。波田須、三木里、新鹿、熊野市、尾鷲、船津、賀田、大曽根浦です。船津から賀田までは、キハ58に再開できました。それも荷台が布網でできている車両で、感謝感激です。大曽根浦は今年の夏に、18きっぷのポスターになった駅です。
1月1日 青春18きっぷ

21世紀始めの元旦です。
恒例のお伊勢参りから帰ってきて、一身田駅から亀山行きの始発に乗ります。車内は若者を中心に、破魔矢や赤福を持った人で満席です。座れなかった事は予想外でしたが、終点まで12分では苦になりません。亀山からは関西本線で名古屋まで行きます。途中桑名を過ぎたあたりで、今世紀初めの初日の出(初世紀日の出とでも言うのでしょうか?英語でミレイニアム・サンライズ?)を車窓から拝む事ができました。名古屋に7時20分に着いてまずは食事をする所を探します。今世紀初の朝食は、吉野家で牛丼の並に味噌汁と生たまごでスタートです。新幹線のホームに行けば、きしめんが食べられると思いましたが、やはりここはウケ狙いで吉野家です。客はゆうゆう一人で、すぐにもう一人入ってきましたが、その人の注文したメニューはご飯の並とのりだけでした。あまりのオーラに、途中でおしんこを取ろうとした手が、引っ込んでしまいました。新世紀から質素倹約のゆうゆうでした。
ここから快速みえ1号で鳥羽まで行きます。12月1日に買っておいた、1月1日、9:10発、みえ1号、1号車10番Aの指定席券です。
時間つぶしに、岐阜まで行こうと快速で往復する事にしました。ところが、岐阜に着いて事件が発生してしまいました。名古屋までの列車が微妙に遅れていて、快速みえに間に合いそうにないのです。仕方なしにすぐ来た特急しらさぎ2号に乗ってしまいました。車掌さんをつかまえて事情を説明したら、ラッキーかなタダで乗せてもらえました。(皆さんもご存知のとおり、青春18きっぷでは特急に乗れません。特急券の他に乗車券も買わないと乗れないのです)感謝感謝でしたが、結局しらさぎも遅れて、みえ1号には乗れませんでした。
しばらく固まっていましたが、気を取り直して今後の予定をたてます。次のみえ3号は、1時間後の10:10発です。ゴロがいい指定席券をみえ3号に変えたくないし、また510円出して指定席券を買うのもシャクだし、ダイイチ指定席は満席の筈ですので、結局関西本線と紀勢本線を乗り継いで行く事に決めました。それも「伊勢鉄道に乗るぐらいだったら快速みえに乗るワイ!」と云う事で、ご丁寧に亀山まで戻って紀勢本線を鳥羽まで向かいました。途中富田駅で無性に途中下車したくなり、駅の探索をしたお陰で、鳥羽に着いたのは午後2時と、予定より3時間遅れての到着です。
今日はこれまでで、すぐに折り返しの気動車で一身田まで戻ってきました。
今後のゆうゆうの人生を占う、貴重な一日でした。

目次へ戻る

 

2000年(平成12年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
12月9日〜12月11日 青春18きっぷ
ムーンライトながら指定席券
東京ディズニーランドへ遊びに、ムーンライトながらで往復しました。運賃は、一身田から安城までの1890円と、18きっぷ2枚とながらの往復で、しめて一人7510円です。値段が安いのも然ることながら、開園から最終までいても帰ってこられるというのが魅力です。当然11日は仕事です。
9月10日 青春18きっぷ あまり記憶にはないのですが、名古屋から中央本線の上諏訪まで行って、ホームにある温泉に浸かってきたのだと思います。また篠ノ井線の、広丘という駅で途中下車しています。恐らく塩尻駅での待ち時間に、一駅行って帰ってきたのでしょう。飯田線で豊橋まで出て、車を駐車していた近鉄の四日市まで帰ってきました。
9月3日 青春18きっぷ 7月20日と23日に下車できなかった、粟野と西敦賀をつぶすのが目的です。これで小浜線の駅は完全に制覇しました。たった24駅でも3日がかりなので、JR4600の駅を制覇するには、休みの度に行っていたとしても20年くらいはかかりそうです。
8月25日〜8月28日 青春18きっぷ
ムーンライト九州指定席券
夏休みをとって、日本で唯一生存している客車鈍行に乗りに行きました。あと、筑肥線、唐津線、筑豊本線、日田彦山線、後藤寺線、香椎線、篠栗線などを乗りつぶしてきました。TOPページの「電車の写真」に載っている写真はその時のものです。また、印象深かった駅に日田彦山線の終点の夜明駅がありました。久大本線と交わっているところに、交わった形に合わせたホームの作りをしている駅です。そのような駅は他にも見てきていますが、ゆうゆうが知っている中では一番規模が大きい駅でした。帰りはひたすら、昼間の列車を乗り継いで帰ってきたので、大変疲れました。
8月19日〜8月21日 青春18きっぷ
ムーンライト山陽指定席券
ムーンライト山陽で広島に出て、芸備線、伯備線、芸備線、三江線と乗りつぶします。広島6:00発の列車は急行に使っているキハ58でした。三次まで普通列車だったので18きっぷで乗れました。三江線は、今日で浜原〜粕淵間の2.0キロメートル(営業キロ)を残して乗りつぶしましたが、最後までとっておきましょうか?
8月12日〜8月14日 青春18きっぷ
乗車券
B寝台券
ムーライト八重垣指定席券
自由席特急券
ムーライト八重垣は、快速には珍しく寝台車両が1台連結されています。18きっぷで利用する時、いつも1回乗ってみたいと思っていたので、今回は小遣いをはたいての旅です。プラス、一旦終点の出雲市から米子に戻って、そこからまた出雲市まで寝台特急出雲に乗ろうという魂胆です。後は、山陰本線を江津まで行き、三江線の粕淵駅の間の、千金駅と鹿賀駅と石見川本駅を見学して、ムーライト八重垣の今度は普通の指定席で帰ってきました。
7月29日〜7月31日 青春18きっぷ
ムーンライト九州指定席券
ムーンライト山陽指定席券
朝、厚狭で書いたメモに、このように書いてありました。原文をそのまま写します・・・・29日からムーンライト九州で厚狭まで行き、小野田線、宇部線、岩徳線、呉線と、広島にもどり帰る予定。台風接近か、早くから風が強い。今の所晴れているが、天気はもちそうにない。
小野田線で乗ったクモハ42は感動モノでした。TOPページの「電車の写真」に載っているクモハ42はその時撮った写真です。朝陽を浴びたチョコレート色の車両を、一眼レフでバッチリ撮りました。
7月23日 青春18きっぷ 前置きが長くなりましたのでこちらに書きますが 、要は乗りつぶしの他に、駅めぐりもコンテンツに加えたのでした。手始めに小浜線を踏破しようと、20日と本日で粟野と西敦賀を除く22駅を制覇しました。ワンマンに改造したキハ58が走っていて、定期便としては絶滅した紀勢本線にとっては羨ましい限りです。
7月20日 青春18きっぷ このシーズンも18きっぷを3セット購入して、気合が入っています。でもこの頃から、鉄道趣味に対しての味覚が少しかわってきました。ゆうゆうと同じ年の人が、JR全線踏破ならず「JR全駅踏破」を達成したという本を読んだのです。約3年半でフリーターをしながら、JRの全駅に行ったというのですから、ハンパじゃありません。皆さんは知らないと思いますが、JRには約4600の駅がありますが、1日に数本しか列車が停まらない駅がありますし、中には臨時駅と称して1年に数回しか停まらない駅もあります。それを鉄道だけで訪れるのですから、ゆうゆうは植村直巳さん以上に尊敬する人です。HPで公開していいのか分りませんので、本の名前と作者は伏せておきますので、知りたい方はメールください。
5月3日、5月4日、5月5日 近鉄3日間フリーパス券

ゴールデンウィークを利用して、近鉄の全線を踏破しました。
1日目は、名古屋から賢島にかけての支線を北から乗りつぶします。特に西桑名から阿下喜までの路線は、ゲージが80センチ程の狭軌を、かわいい3両編成の電車が走ります。また夜の賢島駅は、人もまばらで終着駅の物寂しさが伝わってきます。
2日目は大阪から南の支線を乗りつぶし、3日目は京都奈良方面を乗りつぶします。
後は、葛城山のロープウェイだけですが、これは電車ではないので勘弁してもらいます。

4月8日〜4月10日 青春18きっぷ
ムーンライトながら指定席券
ホリデー快速ときわ鎌倉指定席券
ながらで上京し、総武線で取手まで行って、ホリデー快速ときわ鎌倉という長い名前の列車で、鎌倉まで行きます。この快速は、山手線で貨物が走る区間を通るので、景色が珍しいと思って乗りました。しかし、品川で進行方向が逆になってしまいましたので、ちょっとがっかりです。
後は逆方向の成田空港と鹿島線を制覇して、本日の業務は終了です。帰りのながらでは、熱海までしか指定席が取れなかったので、デッキでのザコ寝となりました。アオハル使用期間は、 9375Mを走らせてもらわなければ困ります。お陰で、疲れたままの出勤です。
4月2日 青春18きっぷ
特急白鳥号グリーン券及び特急券及び乗車券
名古屋から中央本線と篠ノ井線と信越本線を乗り継ぎ、直江津に出ました。そこから、魚津まで特急白鳥号に乗りました。虫の知らせというか、せっかくだから奮発してグリーン車に乗ろうと決めましたが、その後わずかの期間で伝統の長距離特急が消滅してしまいました。
帰りは富山から高山本線で帰ってきました。その岐阜までの区間で2つのトラブルがありました。ひとつは、高山駅で下車印を押してもらいましたが、それが間違えて入鋏印を押してしまったのでした。気がついたのは美濃太田駅で、すぐに携帯で高山駅に連絡して、津駅で訂正してもらえるように段取りしました。やれやれと思っていると、次の坂祝(サカホギ)駅で、自称中国人の酔っ払いが乗ってきて、ゆうゆうに絡んできます。最後は誰彼構わず絡んでいましたが、ワンマンカーなので非常に心配でした。何とかけが人もなく終点の岐阜駅に着き、待機していたおまわりさんに逮捕されていました。
3月26日 青春18きっぷ 1日で山陽本線をどこまで行けるかと云う事で、三原まで行って帰ってきました。東海道本線や山陽本線は、快速が多くスピードも120〜130キロまで出しているので、1日で距離を稼げますが、ゆうゆうにとってはあまり面白味がありません。いわゆるローカル線を少しぐらい取り入れて旅するのがいいです。
3月20日
3月22日
青春18きっぷ ゆうゆうは、余った18きっぷをよく「青春18きっぷ掲示板」で売却しますが、売れた方には使い終わった後、記念にと返してもらっています。これはその方が使った分です。
3月11日〜3月12日 青春18きっぷ
きのくにシーサイド1号指定席券
きのくにシーサイド号に乗るのが目的です。、はやたまで紀伊勝浦まで行き、新宮まで特急南紀2号で合法的に乗車します。折り返し白浜まで戻り、再びシーサイドで新宮まで乗車します。乗客は、ゆうゆうと、あとひと家族だけだったので、随分申し訳ない気がしました。しかし本当に一人も乗客がいなかったら、運行しないのでしょうか?帰りは、那智駅の温泉でお風呂に浸かって帰ってきました。
3月5日 青春18きっぷ 餘部鉄橋を下からカメラで撮影して、帰ってきました。途中綾部駅でもう1枚、青春18きっぷを購入しましたが、マルス券でした。
2月20日 乗車券
近鉄乗車券
この日は、JR関西に青春18きっぷのナマ券がある事をインターネットで知り、初めて南彦根駅に買いに行く事にしました。コースは、最寄のJR一身田駅から桑名まで紀勢本線と関西本線を乗り継いで、そこから近鉄の養老線で大垣まで出て、大垣から南彦根まで、東海道本線で行き、きっぷを手にしました。帰りは、彦根まで戻り、近江鉄道で貴生川まで行き、関西本線で戻ってきました。
1月8日〜
1月10日
青春18きっぷ
ムーンライトながら指定席券
ムーンライトえちご指定席券
陸羽東線と陸羽西線、それにムーンライトえちごに乗るのが目的です。
東京から仙台まで東北本線で北上し、古川まで東北新幹線でワープします。そこから新庄までキハ100でのんびりと過ごし、新庄では山形新幹線つばさとご対面です。再び陸羽西線をキハ100で余目まで行き、そこで生活センター梵天という温泉で体を温めました。しかし、さすがに真冬の山形、一気に湯冷めしてしまったようです。
村上までは、うれしいキハ58でした。そして初めてのムーンライトえちごに乗り込みます。新潟まではがらがらでしたが、やはりながらのように途中からかなり乗ってきて、ほぼ満席状態になりました。
2日目は、帰りのながらが取れなかったので、今日中に帰らなければなりません。赤羽で降りて、総武本線に繋ぎます。終点の銚子まで行き、銚子電鉄を往復し、ぬれせんべいをお土産に買い、東京に戻り、アメ横と秋葉原で買い物をし、秋葉原駅前でラーメンを食べ、東京から東海道線で夜中に家に帰ります。
次の日熱が出ました。

目次へ戻る

 

1999年(平成11年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
12月26日 青春18きっぷ 一身田から大阪に出て、紀勢本線で紀伊半島を一周してきました。関西本線の加太から加茂までは、雪が旅情を楽しませてくれました。
12月19日 青春18きっぷ 12日と同じパターンで富山まで出て、北陸本線で糸魚川まで行きます。後は大糸線で松本まで行き。中央本線で名古屋まで帰ってきます。大糸線は2回目ですが、北アルプスの谷に沿って行くこのコースは、ゆうゆうのお気に入りのひとつです。
12月12日 青春18きっぷ 高山本線に乗って富山まで行き、氷見線を乗りつぶしてきました。朝近鉄四日市駅まで車で行くのがミソで、名古屋まで出て、ムーンライトながらで岐阜まで行きます。のちにこのパターンは定着します。
11月6日〜11月8日 乗車券
新幹線自由席特急券
ムーンライトながら指定席券
中学校の同窓会が大宮であったので、物好きなゆうゆうは前日から、鈍行で東海道線をひた走っていました。途中で時間がなくなってきたので、三島から新幹線で東京まで行き、上野のビジネスホテルに1泊して、当日出席しました。
9月5日 青春18きっぷ 長野に行って帰ってきました。前日、オートフォーカス付きの一眼レフカメラを買ったので、撮影しながらの旅です。松本から長野への山越えは、姨捨から一気に下るのが印象的です。姨捨はスイッチバックがある駅でも有名ですが、それにしてもスゴイ駅名です。
8月21日〜8月23日 青春18きっぷ
ムーンライト九州指定席券
特急つばめ指定席券及び乗車券
三角線制覇です。
博多から鹿児島本線を南下して10:28に熊本到着です。駅前のラーメン屋で食べた、とんこつラーメンは安くて絶品でした。熊本から三角、三角から宇土と行き、再び鹿児島本線を南下し出水まで来ました。ここは鶴が飛来してくる場所として有名だそうです。帰りは、特急つばめで熊本までワープして、途中二日市で銭湯に入り、博多で明太子の土産を買って、ムーンライト九州に乗り、翌日出勤です。
8月7日〜8月9日 青春18きっぷ
ムーンライト八重垣指定席券
ムーンライト九州指定席券
ムーンライト八重垣で出雲市まで行き、そこから山陰本線をひたすら西に移動して、下関から九州に移り、小倉の銭湯で汗を流し、ムーンライト九州で帰ってくるだけです。山陰本線は、キハ181系とキハ58系の宝庫でした。国鉄色車両の生息する、貴重なジャングルをいつまでも保護したいものです。小倉ではお祭りのようで、たくさんの人で賑っていました。
7月31日〜8月2日 青春18きっぷ
ムーンライト松山指定席券
特定特急券及び乗車券
清流しまんと2号指定席券
土佐くろしお鉄道乗車券及び自由席特急券
ムーンライト高知指定席券
久しぶりに四国です。ムーンライト松山で四国に入り、西側を中心に乗りつぶします。
まずは朝飯。さすがに四国のうどんは、立ち食いでもおいしかったです。予讃線は途中、内子線周りで進みます。時間の関係で、八幡浜から宇和島まで特急宇和海でワープします。宇和島からの予土線は楽しみのトロッコ列車です。しかし途中で雨が降りだし、トロッコへの乗車は中止になってしまいました。
次は、土佐くろしお鉄道で終点の指宿まで行きます。トンボ帰りで中村から窪川まで行き、高知行きの鈍行を待っていると、それこそバケツをひっくり反したような大雨が襲いました。列車が遅れないかと心配しましたが、さすがは大雨慣れ?しているお国がら、ちゃんと定時に運行していました。高知からムーンライト高知で翌日京都に戻り、草津線で柘植まで行き、泊めてあった車でそのまま出勤です。
7月24日〜7月26日 青春18きっぷ
乗車券
ムーンライトながら指定席券
再び関東です。八高線、青梅線、五日市線、相模線、根岸線を乗りつぶしてきました。東京から高崎線で高崎へ。八高線で拝島まで行き、青梅線と五日市線を往復します。次に、八王子まで出て、相模線で茅ヶ崎まで行きます。東京まで戻るのに、大船から根岸線を通り、蒲田駅の銭湯で体を洗い、またながらで戻ってきました。
7月19日〜7月21日 青春18きっぷ
乗車券
ムーンライトながら指定席券
SL奥利根号指定席券
ゆりかもめ乗車券
今までで一番気合が入ったシーズンです。18きっぷも3セットフルに使用しました。
1回目は、SL奥利根号へ乗りに行きました。前日は安城までの乗車券を買って、18きっぷを節約します。高崎から水上までD51(デゴイチ)にゆられての旅です。トンネルではわざと煙を浴びる人がいました。ゆうゆうもそのクチです。
時間が余ったので、ゆりかもめに乗る事にしました。運転はコンピューター制御になっていて人がいません。せめて人形でも置いておけばいいのにと思いました。
翌日家に朝8時頃着いて、準備をして出勤です。
7月4日、7月11日 名鉄スタンプラリー1日乗車券
名古屋鉄道に電話して、18きっぷのようなフリーパスはないのかと問い合わせをしたところ、この名鉄スタンプラリー1日乗車券を紹介してもらいました。2日間でほとんどの路線に乗れましたが、虫の知らせと言うか、谷汲線は本当によかったです。
6月20日 三岐鉄道乗車券 富田駅まで近鉄電車で行って、三岐鉄道を制覇しました。ここは国鉄でもJRでもありませんが、レールの幅がいっしょです。そのくせ乗車ホームは近鉄富田駅と兼用です。その後で、名鉄犬山線の犬山鉄橋を撮影しに行きました。
4月25日 普通乗車券 千葉へ出張した帰りに根岸線を制覇してきました。
4月3日〜4月5日 青春18きっぷ
ムーンライト九州指定席券
乗車券
特定特急券
初めてのムーンライト九州で、久大本線の客車鈍行に乗ってきました。博多から博多南駅を青春18きっぷで乗ろうとしましたが、さすがに新幹線には乗れませんでした。それでも、乗車券が290円で特定特急券なるものが100円と、合計片道390円はお値打ちです。
鳥栖からの客車鈍行は感無量でした。4〜5年前までは山陰本線などで、ある程度客車鈍行は走っていましたが、みるみるうちにJR九州以外は全滅してしまい、この時点でここと、あとは筑豊本線の一部になっていました。
3月7日
3月14日
青春18きっぷ どちらがどうだったか忘れましたが、1日は上諏訪の温泉に飯田線を使って行きました。もう1日は、参宮線と名松線と紀勢本線を廻ってきた筈です。

目次へ戻る

 

1998年(平成10年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
4月29日〜5月5日 周遊券等 山陰と九州の旅行に、家内と二人で行きました。
4月29日は、津から近鉄(近畿日本鉄道)特急で京都に出て、スパーはくとで鳥取まで行き、おき5号で松江まで、それからはふた駅先の玉造温泉駅で降り、玉造温泉に泊まりました。4月30日は、出雲大社を参ってから、いそかぜで山陰本線を九州まで南下します。終点の小倉からにちりん20号で博多まで行き、本日はそこで宿泊です。5月1日は、ハウステンボス5号でハウステンボスに行き、お昼に着いて丸1日滞在します。5月2日は、ハウステンボス16号で佐賀まで出て、バスで柳川まで行き、柳川を観光します。5月3日は、西鉄(西日本鉄道)で大牟田まで出て、有明7号で熊本まで行きます。あそ3号で豊肥本線を縦断し、大分から戻るような形で、ゆふいんの森4号で久大本線を由布院まで行きました。5月4日はいよいよ帰路につくわけですが、ただ単に帰っては面白くないので、西鹿児島から寝台特急なはで帰ってくる事にしました。大分まではゆふいんの森1号。宮崎まではにちりん9号。西鹿児島まではきりしま9号と繋ぎます。約15分の待ち合わせて買出しをして、なはに乗り込みます。5月5日は岡山を過ぎたあたりで目覚めました。新大阪には定刻に着き、少し戻って大阪環状線で鶴橋に行き、そこから近鉄特急で津まで帰ってきました。
9月5日 青春18きっぷ これが最後の乗車になるとは夢にも思っていませんでしたが、松阪発5:20のキハ58の定期便に乗って紀伊半島を一周してきました。キハ58(キハ28)は、急行用に作られた気動車(ディーゼルカー)で、昭和40年〜50年にかけて、非電化地帯でかなりの繁殖をしていましたが、時代の流れと共に、だんだん衰退していきました。そしてこのように古い車両は、普通列車にも用いられ、この記事を書いた平成14年には、絶滅の危機に瀕していると言ってもいいのほどの激減ぶりです。何の疑問ももたず、確か4両編成だったと思いましたが、いつもの始発で新宮まで出て、後は電車で大阪を目指します。関西空港駅に寄り、尼崎から開通して間がない東西線を通って片町線、関西本線、紀勢本線と乗り継ぎ、津を通り越して車の停めてある松阪まで行き、そこから家まで帰ってきました。
8月30日〜
8月31日
青春18きっぷ ながらのきっぷが取れなかったので、大垣から列車番号9372Mで上京して、内房線と外房線で房総半島江を一周し、東京で買い物をして帰ってきました。東京から蘇我までは、初めて京葉線に乗ります。外房線では、L特急わかしお8号だと思いましたが、安房鴨川から勝浦まで普通列車で運行しているので、それを目的に行った記憶があります。東京に戻途中、大網あたりで爆睡してしまい、気が付いたら千葉駅でした。折り返す寸前で飛び降り、中央線の各駅停車の電車に慌てて乗ってしまって、時間のロスをしてしまいました。4時過ぎには帰りの途につかなければ津に本日中に着かないので、急いで御徒町でネクタイを、秋葉原でクラシックCDを購入して、ひたすら東海道線を下ります。名古屋では買ったCDを置き引きに遭い、この旅の悲惨さの締めくくりとしました。
8月16日 青春18きっぷ
乗車券
自由席特急券

今は亡き、のと鉄道の輪島まで行ってきました。ここも元はJRです。途中では、集中豪雨で列車が止まるかと心配でしたが、大丈夫でした。帰りは七尾から金沢まで、サンダーバードでワープしました。

8月4日 青春18きっぷ 京都から山陰本線で綾部まで行き、舞鶴線と北近畿タンゴ鉄道を通って、豊岡に抜けました。途中の天橋立は、宮島、松島と並ぶ日本三景のひとつです。
4月5日 青春18きっぷ 名松線を制覇という事で、松阪から終点の伊勢奥津に行き、そこから三重交通バスで、名張まで行きました。名張からは近鉄で、最寄の津新町駅まで戻ってきました。
3月26日〜 青春18きっぷ 常磐線の佐貫駅に住んでいる(と云っても駅舎に住んでいる訳ではありません)親友の中村君の家に遊びに行きました。中村君の家には朝着いて夕方までゆっくりし、それからの事はどうしても思い出せません。
確かその後、仕事の研修が千葉であって、帰りは新幹線で帰ってきたようなおぼろげな記憶があります。
3月22日 青春18きっぷ 天竜浜名湖鉄道を制覇してきました。ここは国鉄時代の二俣線。JRになったと同時期に、第三セクターに変わりました。写真入の立派なきっぷを買って、新所原から掛川まで乗車しましたが、途中睡魔に襲われ、半分くらいの時間寝てました。
3月8日 青春18きっぷ 絶対どこかへ出かけている筈なのですが、平成14年12月22日現在行き先不明です。入鋏印や途中下車印、また指定席券や記念に買ったきっぷの日付を頼りに調べあげてきましたが、唯一行き先不明の日となってしまいました。でもこれはこれで、アナログのゆうゆうには楽しい事で、思い出したらHOMEのWhat’Newで大々的に紹介しますので楽しみにしていて下さい。
1月11日 近鉄乗車券及び
特別急行券
何を思ったか近鉄の吉野駅に行ってしまいました。ここは千本桜で有名ですが、正月も終わった今では、閑散としていました。でも、生まれて初めて乗った、吉野から阿部野橋までのさくらライナーはよかったです。

目次へ戻る

 

1997年(平成9年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
3月31日〜4月1日 青春18きっぷ 2度目のはやたまです。新宮から串本に戻って、海中公園に行った記憶があります。ここから、2シーズンはおやすみです。
3月1日〜3月2日 青春18きっぷ コア列車を使わず、東京に行きました。目的は、上野御徒町間のアメ横でシルクのネクタイを買う事と、秋葉原でクラシックCDを買うことです。
1月15日 青春18きっぷ
若桜鉄道乗車券
初めて中国地方のローカル線に足を踏み入れます。京都から山陰本線で鳥取まで行き、因美線と津山線を通って岡山に出ます。途中若桜(わかさ)鉄道を往復しましたが、この線は、1990年ぐらいまでは、JR若桜線でした。当時は、まだ智頭急行も開通しておらず、雪景色の車窓は素朴な雰囲気でした。帰りは、赤穂線経由で帰ってきました。

目次へ戻る

 

1996年(平成8年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
12月14日〜12月15日 青春18きっぷ 2921M通称はやたまに乗るのが目的の旅です。14日の夕方出て、新大阪まで行きます。22:45出発で、大阪環状線に入るのに、特急はるかの通るのと同じ貨物線を行くのが、感動的?です。天王寺では座りきれないほどの人が入ってきて、和歌山までギュウギュウです。さすがに紀伊田辺まで来ますと、乗客はまばらになり、終着の新宮駅までは快適に仮眠できます。元祖165系の車両も、感動モノ?です。
9月10日 青春18きっぷ 津駅で入鋏印を押しただけでどこにも行っていません。
8月26日 信楽鉄道乗車券
近江鉄道乗車券
信楽鉄道は元JR信楽線という事で、乗りつぶしてきました。ついでに近江鉄道も全線制覇しました。
8月4日 青春18きっぷ 北近畿タンゴ鉄道を、西舞鶴から天橋立を通って豊岡に出ました。この線は、1990年頃まではJR宮津線でしたので、あえて乗りつぶしました。敦賀から小浜線で西舞鶴まで行き、そこから北近畿タンゴ鉄道です。帰りは山陰本線で京都まで出ましたが、単線が多いのですれ違い列車や、追い抜く特急列車で、なかなか進みません。
7月27日〜29日 青春18きっぷ
乗車券
ムーンライトながら指定席券
仕事仲間だったTさんが、宇都宮に転勤になったので、18きっぷで遊びに行く事にしました。27日は夜近鉄で名古屋まで出て、安城までの乗車券を買い、ながらで上京です。東北本線で宇都宮まで来ると、ついでに烏山線と日光線を制覇し、お昼前からTさん宅にお邪魔しました。夕方まで遊んで、帰りはまた鈍行を乗り継ぎ、東京からながらで翌朝到着です。
7月21日 青春18きっぷ
紀州鉄道乗車券
得意の紀勢本線です。今回は、紀州鉄道に乗る目的で行きました。関西本線で大阪まで出て、紀勢本線で御坊まで行きます。片道2,7キロの紀州鉄道は、日本で一番短いローカル線です。終点の西御坊でウロウロしていると、親切な車掌さんが古い硬券をくれました。帰りは新宮廻りです。
3月31日 青春18きっぷ
乗車券
自由席特急券
身延線がメインです。桑名の入鋏印があるので、そこまで近鉄で来て乗り換えたようです。名古屋から東海道本線を富士まで行き、そこから甲府まで車窓に富士山を見ながらの旅です。でも、富士宮辺りからほとんど富士山は見えなくなり、富士川が代役を務めます。中央本線では、甲府から小淵沢までワープし、上諏訪駅のホームの温泉で一休みです。後は、飯田線で豊橋まで出て、元来た道を帰ります。
3月17日 青春18きっぷ 津から山陽本線の尾道駅まで行って、帰ってきました。なぜ尾道かというと、1日ではそこまでしか行けなかったからです。あと、内田康夫さんの小説で『鐘』というのがありますが、その中で尾道駅のホームの描写が書いてあったので、確かめてきました。
3月10日 青春18きっぷ 紀勢本線の松阪から紀伊田辺を往復しました。朝4時に起きて、松阪まで車で行きます。取引先の駐車場に停めさせてもらって、5:20の325Dに乗ります。キハ58とキハ28の4両で、まだ薄明かりの車窓は独特の雰囲気があります。

目次へ戻る

 

1995年(平成7年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
4月9日〜4月11日 青春18きっぷ 商工会議所の仕事が10日と11日にあり、物好きのゆうゆうは、余った18きっぷで前日からお出かけです。9日は朝から出て、名古屋から中央本線で関東入りをし、当時親が住んでいた最寄の駅、東北本線の蓮田駅に降りています。2日目は、蓮田から始発で宇都宮まで行き、待ち合わせの鹿沼駅で終了です。
3月11日〜3月12日 青春18きっぷ 飯田線がメインです。372M(ながらってもう走ってましたか?)で東京に朝着いて、中央本線を西に向かいます。塩尻まで行き、別線で辰野まで戻ります。そこからは飯田線。途中天竜峡駅から中部天竜駅までの、天竜川を望む車窓は見事でした。
3月5日 青春18きっぷ

阪神大震災で目覚めたようにアオハリーの復活です。まずは、紀勢本線の逆回りです。津からひたすら紀勢本線を下ります。初めて関西空港を見学して、大阪まで出て、関西本線を戻って来るオーソドックスなコースです。関西本線の今宮〜JR難波と西九条〜桜島間をのりつぶしました。

目次へ戻る

 

1991年(平成3年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
2月23日〜2月24日 青春18きっぷ 鉄道旅行に終止符をうって、仕事に専念しようとした訳ではありませんが、この遠征を最後に、平成7年の春まで間が開いてしまいました。
初めての四国遠征です。2日間で、宇野線、瀬戸大橋線、徳島線、牟岐線、高徳線を制覇しました。泊まりは徳島のビジネスホテルでしたが、シャワーが、出口の左右で熱いのと冷たいのが出るのが印象的でした。スケジュールの関係で、鳴門線を残してきたのが心残りでしたが、今となっては再訪が楽しみです。
1月19日〜1月20日 青春18きっぷ
乗車券
自由席特急券
目的は関東だったようです。不思議な事に、熱海から東京まで新幹線を利用しています。後で思い出します。(2008年12月17日現在で、まだ思い出せません)
1月13日 青春18きっぷ 参宮線と名松線に行きました。これで、三重県のJRはすべて制覇しました。名松線は、松阪と伊勢奥津を結ぶ43.5キロのローカル線で、今では1日8往復走っています。名前の由来は、よく鉄道クイズになりますが、当初の予定で名張と松阪を結ぶはずだったからです。

目次へ戻る

 

1990年(平成2年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
12月24日 青春18きっぷ 加古川線が目的でした。山陽本線で加古川まで行き、加古川線を福知山まで行きます。後は、山陰本線で、京都まで出ればもう地元のようなものです。実は山陰本線も初めてで、こんな山あいを走る線路だとは思っていませんでした。
9月2日 青春18きっぷ 北陸本線の敦賀から、小浜線で福知山まで行き、福知山線で大阪まで行ったようです。敦賀までと大阪からの帰路は、全然覚えていません。また、彦根と大垣駅の下車印があるのが不思議です。両方を通って、1日でこのコースを回るのは無理な気がします。でも実際に証拠があるのですから、行っているのでしょう。小浜線は、9月なのに海水浴客で満員だったように記憶しています。
8月19日 青春18きっぷ 記憶にございません。
8月4日〜8月5日 青春18きっぷ 関西進出の幕開けです。1日目は、関西本線、奈良線、大阪環状線、桜島線などを回り、天王寺のカプセルで一夜を過ごします。2日目は、紀勢本線制覇です。ちゃんと上りの起点の和歌山市まで行って、Uの字のように津まで帰ってきます。
7月29日 青春18きっぷ このシーズンの青春18きっぷは大宮で28日に購入しています。既に津に住んでいましたので、29日に使ったという事は、東海道本線を乗りついで来たのでしょうか。
28日は土曜日だったので、大宮の実家に新幹線で行って、帰りを青春18きっぷを使って、津まで戻ってきたのでした。・・・・追記、2006年12月17日
1月15日 青春18きっぷ 記憶にありませんが、東海道本線の富士駅の下車印が、ひとつだけ押してあります。身延線に行ったのかも知れません。それとも1月13日との2日で、津と大宮を往復したのかも知れません。
1月13日 青春18きっぷ 下車印が押していないので、どこに行ったかはわかりませんが、東京に買い物か、遠征をした可能性もあります。

目次へ戻る

 

1989年(平成元年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
12月24日 青春18きっぷ これも、津に引っ越す為の下見に使いました。と、言っても当日津駅発行ですから、津から千葉県の市川に行った時のきっぷです。
9月4日 青春18きっぷ 津から大宮までの帰りです。名古屋から東海道本線を上って、沼津から御殿場線を初めて通って、国府津から再び東海道本線で東京まできました。
9月1日〜9月2日 青春18きっぷ 確か、新宿発23:59か0:00の、松本行きの夜行快速で津に来ました。ただ単に、中央本線で東京から名古屋に行きたかっただけです。
また、伊勢鉄道に初めて乗りました。伊勢鉄道は2年前まで国鉄の伊勢線でしたが、1987年3月17日に伊勢鉄道へ移管されました。
4月9日 青春18きっぷ 同じく日付印だけですが、スタンプの種類が4月8日と違うので、駅を変えて押してもらってます。
4月8日 青春18きっぷ このシーズンも磐越西線のみで終わりです。日付はスタンプしてありますが、余ったので押してもらっただけかも知れません。約600キロの行程で、運賃は2人で行ったので充分モトは採れています。
3月10日 青春18きっぷ 磐越西線を踏破しました。大宮を起点に上越線で新津まで行き、会津若松から郡山まで抜けて、東北本線で帰ってきました。新津から会津若松までは、ディーゼル機関車が客車を引っ張っていました。客車の最後尾は、機関車の音も聞こえず、田舎の駅に停まる度に、シーンと静まり返っているのが印象的でした。
1月12日 青春18きっぷ 下車印は、東大宮と大宮と新宿です。恐らく、東京に遊びか買い物で使用したのだと思います。このシーズンは、18きっぷの使用にあまり気合が入らなかったようです。

目次へ戻る

 

1988年(昭和63年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
12月23日 青春18きっぷ 出発の前に宮原駅で18きっぷを買って、さっそく使用しました。2枚使っているので誰かと行った筈ですが、覚えていません。高崎線で高崎まで行き、信越本線を忠実に長岡まで行ったつもりです。忠実というのは、文字通り、軽井沢、長野、直江津、柏崎と行き、長岡まで出ました。つもりというのは、下車印に、途中から外れた松本駅らしき印があるので、自信がありません。
思い出しました。長野から松本へ行って、そこから大糸線で糸魚川まで出て、北陸本線と信越本線を乗り継いで、長岡に着いたのです。糸魚川の下車印がないのは、乗り継ぎ連絡が良すぎたからです。追記・・・・2006年12月17日
9月8日 青春18きっぷ 5枚中最後の1枚で、のんびりと房総半島を一周してきました。最後なのできっぷは表紙と台紙にくっついたままです。この頃から早くも下車印集めは飽きたとみえて、押してあるのは3種類。それも大宮と宮原は地元なので、現地で押してもらったのは、安房小湊だけです。乗りつぶしとか下車印集めとか目的とかがない、初めての「ぶらっと旅」を経験しました。
9月2日 青春18きっぷ 信越本線は、高崎から長野を通って新潟が終着の主要路線でした。
なぜ本線かと言うと、上越線より20年以上も前に開通していたからです。1920年頃に、清水トンネルの開通で主役を奪われましたが、長野新幹線ができるまでは、まずまずの活躍でした。
しかし横川から篠ノ井まで、胴体切断されてはたまりません。線路の名前は、不動産登記の様なものでなかなか変わらないので、将来原型がなくなっても残っておいてほしいです。
この日は、信越本線を高崎から長野を通って豊野まで行き、飯山線と上越線で帰ってきました。
8月16日〜8月17日 青春18きっぷ
乗車券
自由席特急券

18きっぷで初めての1泊2日の旅です。東北本線で青森県まで行き、羽越本線で大宮まで帰ってくるという、2連休をフルに利用したプランです。
1日目は当然始発から。途中一関駅から客車になったのは、ゆうゆうにとって衝撃的でした。当時は電車しか乗った事がなかったので、こんなものがまだ日本で走っているは夢にも思わなかったからです。弘前駅に夜11時過ぎに着き、予約してあったカプセルホテルに泊まりました。

二日目は超感動的でした。弘前駅始発の客車鈍行は、機関車を除いて4両。最後の車両に乗ったのですが、おばちゃんが2人だけ乗ってきて何か話しています。ところが津軽弁なのでしょう、何を言っているか一言も分かりません。客車は電車と違ってモーターがついていないので、さびれた駅に着くたびにシーンと静まりかえります。何か異次元の世界に来たようなエキゾチックな気分でした。

日本海側の鈍行は本数が少ないので、途中で特急に乗らないとその日の内に帰ってこられません。特急を最小限に利用して、後はこれまでどうり18きっぷを利用します。当時は新発見で特許でも取れるかと思っていましたが、今では18きっぷの攻略本にも載っています。これを専門用語で「ワープ」といいます?もちろん最後まで特急で行ってしまったらワープではありません。

7月20日 青春18きっぷ 記憶に全くありませんが水郡線を踏破したようです。実は関東の路線は、近年になって「ムーンライトながら」で少しずつ穴埋めして行き、13年3月11日に大前線と鶴見線のほとんどを踏破しましたので、残るは鶴見線の武蔵白石駅、大川駅間と鹿島線の鹿島神宮駅、鹿島サッカースタジアム駅間だけになりました。
3月17日 青春18きっぷ 3月17日はあまり記憶にありませんが、下車印で見てみると、大宮から神奈川県の川崎まで行き、南武線と中央本線で甲府駅に行き、小海線か篠ノ井線で長野駅まで行き、飯山線で越後川口駅まで行き、上越線と高崎線で帰ってきたようであります。自分で言うのもおかしなものですが、1日で回る距離というより、1日で訪れる駅の場所にスゴイものがあります。改めて自分の馬鹿さ加減にあきれてしまいました。
3月8日 青春18きっぷ 3月8日は、今でも印象深く残っています。東北本線の東大宮駅から内房線、久留里線、外房線、木原線、東金線の成東駅と行って、そこから帰ってくるという、距離的にはあまりないコースですが、初めて始発で出発して終電で帰ってきたという記念すべき日でした。そしてこの下車印の数。1日で22個は現在までで最高です。また成東駅から乗った総武本線の電車が、途中の千葉駅あたりまでほとんどお客がなく、まるで銀河鉄道999に1人で乗っている気分でした。
3月1日 青春18きっぷ 青春18切符の事を、その筋ではアオハルというそうです。それを使う人がアオハリーです。本当です。
今回青函連絡船で勢いがついて、完全に「はまっちゃった」状態になっていました。そして、JR全線走破をもくろんだ時期でもありました。ただ未だに全線走破は実現していません。3月1日は、会社の後輩のTくんと、日本一高い所を走る小海線に行ってきました。中央線で小淵沢まで行き、小諸まで清里で途中下車をして行き、それを往復しました。男同士が清里を訪れた事は、非常に強い抵抗感を感じたことを今でも覚えています。きっぷのナンバーのすぐ上の下車印が清里です。
2月20日〜2月23日 函館・大沼周遊券 本当は、18きっぷで行きたかったのですが、さすがに北海道となると、週休2日では昼行は無理です。前日から急行「八甲田」で青森まで行き、函館に渡りました。その日は大沼公園駅まで往復し、初めてユースに泊まりました。2日目は江差(えさし)線で江差へ行き、帰りの都合で函館まで定期バスに乗り、元来たルートで帰りました。松前線が既に廃線になっていたのが残念です。
1月12日 青春18きっぷ 実はこの頃仕事が忙しくて、きっぷを買ったはいいがぜんぜん使えませんでした。かろうじて年末年始の後に、Nくんと日本一の豪雪地帯と言われている、只見線(ただみせん)に出かけることになりました。JR只見線は小出(こいで)から会津若松までの135.2キロの地方交通線で、只見から会津川口までは今でもそうですが、1日に3往復しか走っていません。代わりの道路が冬の間通行止めになるので、廃線にならずに済んでいるだそうです。東北本線で郡山まで行き、そこから磐越西線で会津若松へ、そしていよいよ只見線です。今からスナップ写真で見てみると、車両は多分キハ58だと思います。山深くなるにつれて積雪が増してきて、多い所は4メートルといいますから、気動車の両側に壁があるようです。只見で一服して小出まで行き、上越線と高崎線を乗り継いで帰ってきました。
ところで幻の1枚とは、このシーズンのっぷがこれ1枚で、あとは表紙も他のも紛失しているということです。

目次へ戻る

 

1987年(昭和62年)

日付
使用きっぷ
旅行紀行
8月27日 青春18きっぷ この日は、鉄道旅行になれているNくんと、宮城県の松島に行くことになりました。
常磐線で上野から仙台まで行き、仙石線で松島海岸を往復し、東北本線で大宮まで帰ってくるというものでした。昔、中学校の国語の授業で『途中の喪失』という教材が出てきました。「目的地に到着するという目的より、途中のプロセスに意味があり、そのプロセスが交通の発展で喪失してきている。」という内容です。鉄道旅行では、その途中のプロセスが大事です。今回は、日本の三大風景のひとつ、松島での観光を目的としましたが、ゆうゆうにとっては車窓の風景の方が価値がありました。
8月4日 青春18きっぷ ゆうゆうの青春18きっぷ人生は、ここから始まりました。
朝早く高崎線の宮原駅から電車に乗り、ちょうど12時ぐらいに新潟に着いたように記憶しています。日本海を見て帰ってきました。

目次へ戻る

ゆうゆうが小学校の頃は、埼玉県大宮市の家から、両親の実家だった三重県津市まで、よく学校の休みに遊びに行っていました。はじめは両親と一緒でしたが、高学年になると、新幹線で一人で行けるようになりました。確か小学6年か中学1年だったと思いますが、ムーンライトながらの前身で、いわゆる「大垣行き」で名古屋まで行った事があります。東京では、ホームに列車を待っている人が並んでいて、何とか4人掛けのボックスシートに座ることができました。同席の二人組みはこれから九州に行くそうで、名古屋まででも不安だったゆうゆうに、鉄道旅行に対する勇気と希望を与えてくれました。列車は確か10両編成で、短いホームに停車する時には、開かないドアがあることがアナウンスされていました。座れない人もかなりいて、若干降りるより載るほうが多いので、しばらく立ちっぱなしの人も地べたに腰を下ろしていました。ボックスの4人はと云うと、内容はほとんど覚えていませんが、全く睡眠をとらないで、終始小声でおしゃべりをしていました。名古屋からは、一人で、これも生まれて初めて関西本線に乗りました。名古屋から津までだと、恐らく90%以上の人が近鉄を利用します。案の定客車鈍行の車内はガラガラでした。電車以外は気動車も客車も乗ったことがほとんどなかったので、エンジンやモーター音のしないのんびりとした旅も印象的でした。桑名からは確か近鉄に乗り換えましたが、今度は絶対亀山周りで行くと決めた記憶があります。

そらから約14年が経過して、経済的にも精神的にもレコード趣味に没頭していたゆうゆうに、青春18きっぷが見事に風穴を開けました。最初は日帰りが主流で、仕事の関係で3年ほどお休みした時期もありましたが、平成7年からはコア列車(夜行の快速列車等)を駆使して、JR全線の乗りつぶしにも少しづつ挑戦していくようになり、北海道を除くと距離的には80%を超えるまでに至りました。


青春18きっぷ紀行 前のページに戻る
青春18きっぷ博物館TOPへ!