岡多線・明知線・樽見線

国鉄乗りつぶし紀行

日付

2010年1月31日

目的 岡多線 (愛知環状鉄道) 乗りつぶし
明知線 (明智鉄道) 乗りつぶし
樽見線 (樽見鉄道樽見線) 乗りつぶし
コース

高田本山―伊勢若松―近鉄名古屋 名古屋―岡崎―高蔵寺―恵那―明智―恵那―名古屋―大垣―樽見―大垣―名古屋 近鉄名古屋―津

路線

近鉄名古屋線―東海道本線―愛知環状鉄道―中央本線―明智鉄道―中央本線―東海道本線―樽見鉄道樽見線―東海道本線―近鉄名古屋線


山岳同好会やまびとで行くはずだった、三峰山の霧氷探索が悪天候で中止になったので、かねてから気になっていた、JR東海の国鉄の路線を乗りつぶしてきました。

JR東海の路線は、出身地という事もあって、かなりの早い時期に乗りつぶしが終わっていますが、旧国鉄の路線が長く放置されていました。本格的に乗りつぶしに着手したのは1989年で、2000年2月20日に東海道本線の大垣~垂井~関ヶ原を乗りつぶし、JR東海のJRの路線はこれで制覇できたことになります。

この時点で、旧国鉄から第三セクターになって、乗っていない路線は5つありました。岡多線、明知線、神岡線、越美南線、樽見線です。ゆうゆうの鉄道乗りつぶしでは、JR線を基にしていますので、とりあえず第三セクターに変わった路線は後回しにして、JR東海以外の「乗りしろ?」路線に着手して行きます。JR北海道以外の、東日本、西日本、四国、九州の路線も徐々にJRの路線を乗りつぶして行き、やはりどの鉄道会社も第三セクターの路線だけ食べ残し気味になってしまいました。そこで、旧国鉄の路線も乗りつぶしの目標にして、(JR北海道以外の)ほとんどの国鉄路線を制覇することができました。

その間も気になっていたJR東海の第三セクターでしたが、遠方の東北や九州の第三セクターを優先した関係で、いつでも行けるとの思いが、10年の空白を空けてしまいました。途中、残念ながら神岡鉄道神岡線が2006年に廃線になり、残る4路線を放置したまま今日に至っていました。
今回は時間の関係で、越美南線(長良川鉄道) だけは乗れませんでしたが、JR東海にテンパイがかかりましたので、長年の懸念が払拭された思いです。

 

近鉄で、高田本山から名古屋に出ます。

ブレックファーストは、ホームのかき揚げきしめんです。
注文してから天ぷらを揚げるのが魅力です。

 

得意の対向車の撮影です。

 

東海道本線で岡崎まで来ました。

 

10年ぶりにJR東海の国鉄路線に着手します。
まずは、線名の由来が岡崎~多治見間の、岡多線を乗りつぶします。
使用している車両は、313系と酷似していました。

三河上郡で伊勢湾岸道と交差します。
東名高速と交差する、豊田ジャンクションがあるところです。

 

三河豊田を過ぎると、違う色の車両が現れました。
これも313系に見えます。
第三セクターには珍しく、オール電化です。

終点の高蔵寺駅に到着。
名前の通り、当初多治見まで計画された路線でしたが、
第三セクターになって、気が変わりました?。

恵那駅に到着。
跨線橋から恵那山が見えましたが、
ゆうゆうから言わすと、恵那山は中津川にあります。

 

明智鉄道の恵那駅。
「恵那は えーなぁ」ベタなコピーが印象的です。

 

昔はバリバリの国鉄だったのに、
JRからの乗り入れは、線路が遮断されていました。

列車番号、アケチ12.。伊勢鉄道も同じような名前の付け方です。

 

日本一勾配の急な区間にある飯沼駅。
国鉄っぽい駅ですが、
平成3年に、明知鉄道の駅として開業したそうです。

 

トンネルは2ヶ所ありあました。

 

阿木駅の様子。
左の車両はアケチ1形という気動車で、
今では倉庫になっているそうです。

平成20年12月開業。
駅名は公募で決めました。
近くにあった「極楽寺」からきているそうです。

 

戦後にタイムスリップしたような岩村駅。

 

ナントと、腕木式信号機が現役です?
と、思いきや、「産業遺産 」として復活させたものだそうです。
今は、見学者が実際に動かせるモニュメントとになっています。

花白駅前にある花白の湯。

 

終点の明智駅に到着。

ここにも信号の切替スイッチがありました。

駅舎の様子。

 

駅前のバローで昼食を買いました。
とりから揚弁当、398円です。

 

駅舎に戻って、いただきます。

時間があったので駅周辺を散策探索します。
東側にはエイデンがありました。
ジェームス・ディーンの『エイデンの東』は有名です?

 

日本大正村役場(旧明智村役場)の建物。
本日は、大正99年1月31日だそうです。

 

建物内の様子。公衆電話もレトロです。

 

大正浪漫館に行きました。入場料は300円でした。

 

明智の町を見下ろします。

 

町長が愛用した日産プレジデント。

 

左は蓄音機。
白いたぬきが珍しいことはわかりますが、
なぜはく製になったかは疑問です。

 

大正路地。

 

終点に2時間弱滞在しました。
十分堪能して明智駅に別れを告げます。

今度はアケチ14に乗ります。

 

再び、岩沼駅を通ります。
印象的な駅だと思っていたら、
2001年に中部の駅百選に選ばれたそうです。

往きは気がつきませんでしたが、
近くに中央フリーウェイが走っていました。

 

再び恵那駅に帰ります。
中央本線では、颯爽と383系が通過していきました。

これから太多線で美濃太田まで出て、
越美南線に乗ろうと思っていたら、
人身事故で上りが止まっていました。

 

列車がいつ動きだすかわからないので、
一昨年、ハムの免許を取りに行った、
恵那市共同福祉会館を見てきました。

 

中山道にかかった橋の下には、
地元の人が可愛がっているコイが泳いでいました。

福祉会館から戻っても、
セントラルライナーで40分ほど待たされました。
でも乗車整理券なしで、名古屋まで乗ることができました。

運転が再開されると、
中央本線の上りは対向列車が頻繁にすれ違いました。

久しぶりに名古屋駅で、
ふるさとに帰ってきた117系にお目にかかれました。

 

313系で大垣に向かいます。

 

国鉄樽見線を乗りつぶします。
桜の時期の昼間に来たいと思っていましたが、
思ったときが吉日、真冬の夜になりました。

長良川の鉄橋を渡ります。

ハイモとはハイスピードモーターカーの意味ですが、
はっきり言って、意味がわかりません。
気動車なのにモーターがついているのでしょうか?
小海線のハイブリッドカーと、どうちがうのでしょうか?

 

 

国鉄時代は神海が終着駅でしたが、
第三セクターになって樽見まで延長されました。

 

岐阜のリトル山間部。
二百名山の能郷白山の麓と言ってもいいようなところです。

 

2000年3月に乗った越美北線も
こんな感じの路線でした。

 

どこで区切ったらいいかわからない駅ですが、
漢字で書くとわかります。
北方真桑
ゆうゆうなら、北我玉桑とします。

 

夜も更けたのでおうちに帰ります。

名古屋駅の国鉄と近鉄の連絡路は最近できました。

 

近鉄名古屋駅は、
ゆうゆうがものこころついた時から、ほとんど変わっていません。

 

特急では早く着きすぎるので、急行で飲んで帰ります。

津駅からはバスで帰りました。

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