湯前線制覇

青春18きっぷ紀行

くま川鉄道湯前線の湯前駅

シャガール風湯前駅

日付

2008年1月5日~1月7日

目的

・国鉄湯前線(現くま川鉄道)乗りつぶし
・肥薩線再訪
・九州新幹線工事現場視察
・新八代駅訪問

路線

1月5日
柘植―(関西本線)―JR難波―(大阪環状線)―天王寺―大阪―(東海道本線)―新大阪―(東海道本線、山陽本線)―

1月6日
―(山陽本線、鹿児島本線)―小倉―新八代―(鹿児島本線、肥薩線)―人吉―吉松―人吉―(くま川鉄道)―湯前―人吉―(肥薩線、鹿児島本線)―熊本―博多―(鹿児島本線、山陽本線)―

1月7日
―(山陽本線、東海道本線)―大阪―草津―(草津線)―柘植



九州のJRは、すべて乗りつぶしが完了しましたが、くま川鉄になった国鉄湯前線と、南阿蘇鉄道高森線になった国鉄高森線が残っていました。折角なので両方の路線を制覇しようと思いましたが、あまりにもスケジュールがタイトなので、湯前線のみにしました。

この路線は、現在では第三セクターになっていますが、元は国鉄で、1924年(大正14年?)に人吉~湯前間の全線が開通しました。その後、国鉄の民営化で1987年(昭和62年)にJR湯前線になって、1989年(平成元年)10月1日にくま川鉄道に移管され、現在に至っています。

また、肥薩線の日本で唯一のループ&スイッチバックは、2003年の1月以来の再訪です、キハ140とキハ47が重連された観光列車「いさぶろう」と「しんぺい」が走っていました。肥薩線は明治42年までは、門司から鹿児島を結ぶ鹿児島本線でした。しかし、八代~鹿児島間に新線が開業すると、その区間の方が鹿児島本線になり、旧国名の頭を取って肥薩線と改正された経緯があります。

提案ですが、九州新幹線の開業に伴い、旧鹿児島本線の八代~川内間が第三セクターになったので、改めて肥薩線に鹿児島本線の名を返上したらどうでしょうか?

1日目

 
夕方、柘植駅を出発。

 
ムーンライト九州が京都発から新大阪発に変わったので、
久しぶりに関西本線経由で行ってみました。

 
天王寺から環状線で大阪駅に到着。

  
新大阪駅に行きムーンライト九州に乗り込みましたが、
大阪まではガラガラでした。

2日目

 
門司で下り、リレーつばめに乗り換えます。

 

 
九州新幹線の工事が着々と続いています。


7:37
やっと日の出です。九州は本当に遅いと実感します。

 
新八代駅では、新幹線ホームに在来線が乗り入れます。

  
ホームには、800系新幹線と787系が並んで停車していました。

  
新八代駅から人吉までは、185系気動車で行きます。


結局門司から人吉まで、特急を使いワープですが、
夜行日帰りで九州の路線を制覇するには、
これしかありません。

 
球磨川に霧が立ち込め、幻想的は雰囲気を醸し出します。

  
キハ140とキハ47の、いさぶろうとしんぺい。
人吉からはいさぶろうで、吉松からはしんぺいとなります。


40系気動車とは思えぬ内装。


大畑~矢岳は、日本で唯一のスイッチバックとループがあります。

 
矢岳駅。


D51。

 
日本三大車窓のひとつ、矢岳峠越え。


真幸駅のスイッチバックらしいスイッチバック。

 

 
真幸駅は、肥薩線唯一の宮崎県にある駅です。
東国原知事がお出迎えしていました。


吉松駅に到着。

 
今回はここから肥薩線を戻ります。


九州でしか見られないキハ147。

 
真幸駅。先程とポイントが違います。

  

 
再び矢岳駅探索。

 
前回来た時は、こんな看板は知りませんでした。

  


大畑駅探索。

  
テレビによく出てくる、駅弁売りの人吉・・ひと。


120形気動車にそっくりの列車。


くま川鉄道の割には、球磨川はちょろっとしか見る事ができません。
球磨川を渡る唯一の鉄橋です。

  
タブレットの交換も見られました。

 
湯前駅に到着。


終着駅で記念撮影。

 
古い駅舎とキハ120形は普通の国鉄っぽいですが、
両開きのホームと意味深なオブジェが気になる駅でした。

 
再び人吉駅に戻ります。

 
キハ31形の九千坊号で帰路につきます。

  
九千坊は中国の河童。
この列車に乗ると球磨川が揚子江に思えます。


鉄道写真コンテストで桂作に入るか?

  
再び九州新幹線の工事現場。


いつもの花の湯で汗を流します。


博多からムーンライト九州で帰って、会社に出勤します。

ここからはセカンドカメラ?で撮った写真


大畑駅の駅舎に貼ってあるおびただしい名刺。

  
人吉駅で買った駅弁。


くま川鉄道1日フリー乗車券。

 
指定席には豪華なすだれが。

 
博多駅のムーンライト九州。

  
業務用スペースに、玄人てっちゃんが寝床を作っていました。

 
下関のキハ40。

 

 
ED76からEF65に機関車を交換します。

 

  
通い慣れた草津線で帰ります。
形の良い三上山は、別名近江富士と呼ばれています。
もちろん登った事があります。証拠は
http://aoharu18.com/tozankiko/katudo/2007/0916hieimikami/

 
貴生川駅で見た、117系と信楽鉄道の気動車。

 
乗ってきた湘南色の111系を、8両から4両に減らします。

 
柘植駅手前の池。と111系の車内。


柘植駅の駐車場。

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